午前零時十七分、洗面所でクリームのふたを閉めた瞬間、スマートフォンが鳴った。
画面に出たのは、私が自分で設定した「早く寝る」という通知だった。
肌のために早く寝ようと決めた私が、肌のお手入れについて調べすぎて、寝る時間を過ぎている。
しかも、通知を止める指だけは妙に素早い。
暖房の音が、廊下の向こうから低く聞こえてくる。頬にはクリームの少し重たい感触が残り、足元の床は靴下越しでも冷たかった。
「今日も、ちゃんとできなかったな」
つぶやいてから、少し嫌になった。
顔を洗った。保湿もした。歯も磨いた。それなのに、一日の終わりに自分へ渡す言葉が、それなのか。
冬の乾燥肌が気になり始めると、私はお手入れの手順だけでなく、自分への注文まで増やしてしまう。
もっと丁寧に。もっと早く寝て。もっと穏やかに暮らして。
この夜、頬のつっぱりと一緒に気になったのは、その「もっと」の多さだった。
クリームのふたを閉めても、今日が終わらなかった

「休むこと」まで、宿題にしていた
きれいな肌になりたい。
これは、わりと素直な気持ちだと思う。冬の朝、頬にファンデーションをのせたとき、粉っぽさが目立つと少し気落ちする。マフラーが触れただけで肌が気になる日は、外へ出る前から落ち着かない。
誰かに褒められるためというより、自分の顔を気にせず一日を過ごしたい。
ただ、そのために毎晩たくさん頑張れるかというと、話は別だった。
洗い物を終えて、明日の予定を確認して、ようやく腰を下ろしたころには、もう何も決めたくない。お手入れを丁寧にしたい私と、今すぐ布団に入りたい私が、洗面所でいつも順番待ちをしている。
それでもスマートフォンを開けば、きちんと暮らしている人の夜が流れてきた。
整った棚。清潔なタオル。湯気の立つ飲み物。早い時間に消える照明。
映っているのは暮らしの一部分だと分かっている。分かっているのに、私は自分の一日全部と比べてしまう。
こちらのテーブルには、開封した郵便物と、片方だけ裏返った靴下がある。比較するには、こちら側の情報公開が正直すぎた。
冬のスキンケアについて調べていたとき、「ストレスをためない」という言葉が目に入った。
私はすぐにうなずいた。そうだ、心にも余裕を持とう。寝る前の時間を整えよう。
そして、手帳に書いた。
「夜はスマホを控える」
「ゆっくりお風呂に入る」
「ストレッチをする」
「早く寝る」
「気持ちを切り替える」
休むための予定が、五つになった。
今思うと、このあたりから少しおかしい。疲れている自分に必要なものを考えたはずなのに、出来上がったのは新しい採点表だった。
一つできれば、残りの四つが気になる。全部できない日は、保湿を終えても満足できない。
「今日くらい、ちゃんとしようよ」
自分にそう言うたび、今日くらい頑張ったのだから休ませてほしい、と別の私が小さく抗議していた。
乾燥肌の悩みに重なっていたのは、「自分のことさえ、うまく管理できていない」という焦りだったのだと思う。
大人なんだから、自分の暮らしくらい整えたい。
でも、大人になっても眠い日は眠いし、落ち込んだ夜に立派な判断ができるとは限らない。その当たり前を、私は自分にだけ認めたくなかった。
【定期購入】プルオイ(puruoi) ナノコラーゲン https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3TCU9V+15W5ZM+MP8+64B0Z7あの人の「座りなよ」が、冬になると思い出される
飲食と美容の仕事を合わせて、約十年。
接客をしていたころ、私は忙しい日ほど「大丈夫です」と言う癖があった。
手伝いを頼まれても、大丈夫です。休憩が少し遅くなっても、大丈夫です。頭の中が次の仕事でいっぱいでも、顔だけは先に笑っておく。
相手に気を使わせたくない気持ちもあったし、余裕のある人に見られたかったのも本当だ。
ある冬の日、短い休憩に入ってからも、私は立ったまま備品をそろえていた。
休憩室の空気は少し乾いていて、紙コップの温かいお茶から、かすかに香りが上がっていた。手を洗ったあとの指先がつっぱっていたけれど、バッグからハンドクリームを出すのは後回しにしていた。
そのとき、同僚が椅子を少し引いてくれた。
「それ、あとでできるよ。先に座りなよ」
言われたことは、ごく普通だった。
それでも私は、一瞬どう返事をすればいいか分からなかった。役に立っている間は安心できるのに、何もせず座ると、自分だけさぼっているような気がしたから。
「あと、これだけ」
そう答えかけて、結局、椅子に座った。
紙コップを両手で持つと、冷えていた指がじわっと温まった。お茶を飲んで初めて、喉が渇いていたことに気づいた。
人の様子はよく見ていたつもりだった。
声が小さいお客様には、少しゆっくり話す。急いでいる方には、説明を短くする。疲れていそうな同僚には、できる仕事を一つ引き受ける。
なのに、自分が疲れているときだけは、「もう少しできるでしょう」と交渉を始めてしまう。
接客を通じて、人をきれいにする仕事には、自分の心を整える時間も必要だと感じるようになった。
ただ、それはいつでも機嫌よく、穏やかでいなければいけない、という意味ではなかったはずだ。
疲れていることに気づく。手を止める。誰かの「座りなよ」を受け取る。
そんな小さなことも、心を整えるうちに入れてよかったのだと思う。
一人暮らしの今、椅子を引いてくれる同僚は部屋にいない。
だから、あの言葉を、ときどき自分で思い出す。
洗面所で長いこと情報を探している夜ほど、「それ、明日でもできるよ」と言ってくれた声が、少し恋しくなる。
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あの午前零時の少し前、私は小さな失敗をしていた。
洗顔を終えてタオルで水分を押さえたあと、保湿の手順を確認しようとスマートフォンを開いたのだ。
最初は、本当に一つだけ調べるつもりだった。
ところが、関連記事が気になる。別の人の方法も見たくなる。今使っているものの説明も、もう一度読みたくなる。
気がつけば、まだ何も塗っていない頬がつっぱっていた。
肌を大切にしようとして、目の前の肌を待たせている。
私はあわててスマートフォンを置き、いつもの保湿剤を手に取った。冷たい洗面台の端に置いた画面では、まだ誰かの丁寧なお手入れが続いていた。
このとき、少しだけ分かった気がした。
私が欲しかったのは、新しい知識だけではない。
「これをしていれば大丈夫」と思える、安心が欲しかったのだ。
だから、情報を一つ読んでも終われない。別の方法を知ると、そちらのほうが正しい気がしてくる。疲れている夜ほど、自分の判断を信用できなくなる。
もちろん、乾燥した肌を気持ちだけでどうにかできるわけではない。
冬は空気が乾きやすく、暖房を使う室内でも肌の乾燥が気になる。洗い方や保湿の仕方を見直すことには、ちゃんと意味がある。
熱いお湯や長風呂を避けること。肌を強くこすらないこと。洗ったあとは時間を置きすぎず、保湿すること。
そうした基本を、落ち着いて続けられるようにしたかった。
私の場合、まず変えたのは、保湿剤を置く場所だった。
使うものを洗面所の手の届くところにまとめる。タオルのそばに置いて、スマートフォンを取りに行く前にお手入れを終える。
大きな改革ではない。棚の上が数センチ変わっただけだ。
それでも、「さて、何からしよう」と考える時間が減ったのは助かった。疲れている夜には、その数秒が思った以上にありがたい。
化粧水をたくさん重ねれば安心、という気持ちも、少し脇へ置くことにした。
乾燥が気になるときは、肌に合うクリームなどの保湿剤で補う。香りの華やかさより、刺激を感じず使えるかどうかを大切にする。
高いものを買えば、自分を大切にしたことになる。そんな気分の日もあったけれど、今あるものが合っているなら、慌てて増やさなくてもいい。
反対に、使っていてしみたり赤くなったりするものを、「もったいないから」と我慢して続ける必要もない。
お手入れの数を減らすことと、必要なケアを省くことは、同じではなかった。
その区別をつけられるようになるまで、私は少し時間がかかった。
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「冬のスキンケアの第一歩は、ストレスのない生活を心がけること」
以前の私なら、この言葉もそのまま手帳に書いていたと思う。
そして夜になって、今日も気にしすぎた、また落ち込んだ、と反省していたはずだ。
今は、自分が受け取りやすい言い方に、少し直している。
「肌のお手入れを続けられるように、暮らしの負担を一つ軽くする」
ストレスがまったくない生活は、私には想像しにくい。
仕事の連絡が気になる日もある。何げない一言を思い返す夜もある。明日の予定を考えて、布団の中で目がさえてしまうことだってある。
それを全部なくしてからでないと、肌をいたわれないわけではない。
ストレスは一部の皮膚症状を悪化させることがあるけれど、乾燥の原因をすべて心に背負わせるのも違う。
肌の調子が悪い日に、「私の気の持ちようが悪いから」とまで考えなくていい。
私がしたかったのは、気持ちの管理をもう一段厳しくすることではなく、疲れたままでもお手入れを終えて眠れる夜をつくることだった。
そこで、寝る前に増やしていた予定を見直した。
ストレッチまでできない日は、しない。明日困らない片づけは、翌日に回す。急ぎではない通知は、保湿を終えたあともすぐには開かない。
最初は、落ち着かなかった。
テーブルの上に郵便物が残っていると、やり残しがこちらを見ている気がする。眠る前の時間を整えたいのに、散らかったままでいいのだろうか、と考えてしまう。
でも、全部片づくのを待っていると、私の一日はいつまでも終わらない。
ある晩、読みかけの郵便物を一か所に寄せただけで、照明を落としてみた。
部屋は整っていなかったけれど、布団はちゃんと温かかった。
翌朝、郵便物は相変わらずそこにあった。けれど、それを見て昨夜の自分を責めるほどのことでもなかった。
この程度のことを、ずいぶん大きな課題にしていたらしい。
もちろん、少し早く休んだからといって、翌朝の肌が劇的に変わったわけではない。頬の乾燥が気になる日もあるし、保湿の量や使い心地に迷う日も続いている。
それでも、肌の状態を見て一日の点数まで決めることは、少し減った。
今日は乾燥が気になる。それなら、洗いすぎていないか振り返って、保湿を丁寧にする。
それでよくて、そこから「私は生活全体がだめだ」という話にまで広げなくてもいい。
強いかゆみや赤み、ひび割れがあるとき、保湿してもよくならないときは、皮膚科で相談する。眠れないほどつらい症状を、休息や気分転換だけで何とかしようとしない。
自分でできることをするのと同じくらい、自分だけで抱えないことも大切にしたい。
作家になりたいと思いながら文章を書いていると、一日の終わりに「今日も十分に進まなかった」と感じることがある。
そんな夜、肌のお手入れまでうまくいかないと、何もできなかった気になってしまう。
けれど、書けなかった一日にも、ご飯は食べたし、洗濯物を取り込んだ。顔を洗い、乾燥したところに保湿剤を塗った。
誰にも見せない、成果とも呼びにくい時間が、私の生活を支えている。
そこへ毎晩、反省の言葉を重ねなくてもよかったのだと思う。
あなたの夜にも、明日に回せそうな「ちゃんと」が一つありますか。
今夜も、洗面所でクリームのふたを閉める。
小さく、こつん、と音がした。
頬にはいつもの感触がある。廊下の向こうでは暖房が動いていて、スマートフォンにはまだ読んでいない通知が残っている。
私は画面を開かず、洗面所の明かりを消した。
乾燥が全部なくなったわけでも、心がすっかり穏やかになったわけでもない。
ただ、今日のお手入れはここまで、と決められた。
布団へ向かう途中で、「早く寝る」の通知が鳴った。
今夜はそれを止めてから、素直に寝ることにした。



