玄関に置いた紙袋から、土の匂いがしていた。
芋掘りから帰ってまだ一時間。私はもう、オーブンの予熱ボタンに指をかけている。
サツマイモに必要なのは休息らしい。今日いちばん休息が必要なのは、畑で腰を使い切った私のほうなのに。
袋の中には、紫色の太いもの、妙に細長いもの、途中でスコップに当ててしまったもの。自分で掘ったサツマイモは、スーパーで整列している芋より三割ほどかわいく見える。親ばかならぬ、芋ばかである。
すぐに食べたい。
湯気の立つ焼き芋を半分に割って、黄色い中身にバターをのせたい。冷蔵庫に牛乳もある。休日のおやつとしては、もう話がまとまっている。
ところが、芋掘りに詳しい友人から届いたメッセージは短かった。
「掘りたては、少し置いたほうがいいよ」
少し、とは何日なのか。午後三時までではだめなのか。
私は土のついた一本を握ったまま、待つことが苦手な自分と向き合うことになった。
甘くなるまで待てない私と、土のついた秋

掘った日に焼いた一本は、期待までホクホクではなかった
正直に言うと、私は友人の忠告を一度無視した。
だって、自分で掘ったサツマイモをその日に食べる。これ以上、秋らしい行動があるだろうか。雑誌なら、窓辺に湯気の立つカップまで置かれている場面だ。
私は一番立派な一本を選び、土を洗い落とした。まだ皮が薄く、ところどころ擦れている。アルミホイルで包み、時間をかけて焼いた。
部屋に甘いような土っぽいような香りが広がり、私は「勝った」と思った。誰にも勝負を申し込まれていないのに。
焼き上がった芋を割ると、湯気は申し分なかった。色もきれい。ところが一口食べると、想像していたねっとりした強い甘さではない。
「あれ。健康的な味がする」
これは、おいしくないと言いたくないときに私が使う、便利で少し卑怯な表現である。
もちろん、掘りたてならではのみずみずしさや素朴なおいしさはあった。ただ、頭の中で先に食べていた「蜜のような焼き芋」とは違った。
期待が大盛りだったぶん、舌が会計で戸惑っていた。
飲食の仕事をしていたころ、料理は手をかけるほどよいわけではなく、「触らず待つ時間」が味をつくることがあると教わった。
肉を焼いたあとの休ませる時間、味を含ませる時間、パン生地がふくらむ時間。
それでも自分の台所では、私は急ぐ。
お客様には「少々お待ちください」と笑顔で言えたのに、サツマイモには言えない。元接客業の面目は、一本目と一緒に焼けた。
調べてみると、収穫後のサツマイモは、傷を落ち着かせながら適切に貯蔵することで食味が変わっていく。
ただし、「二週間置けば、どんな芋でも必ず劇的に甘くなる」という魔法ではないらしい。
品種、収穫時期、もともとの状態、保管環境、そして焼くときの温度や時間でも甘さは変わる。
つまり、待つことは大切。でも、待った日数を砂糖の量のように数えることはできない。
恋愛なら少し耳が痛い話だ。三日返信を待ったから、四日目に関係が甘くなるとは限らない。
芋は人間より素直だと思っていたのに、なかなか奥が深い。
「洗わない」が、きれい好きの私にはいちばん難しい
掘りたてのサツマイモを持ち帰ったら、最初にしたくなるのは水洗いだ。
土のついたものを家の中へ置いておくと、部屋が畑に少しずつ返還されていく気がする。
けれど、長く保管したい分は、基本的に洗わず、表面の土を軽く落とす程度にする。水分が残ると、傷みにつながりやすいからだ。
私は新聞紙の上に芋を並べ、直射日光の当たらない、風通しのよい場所で表面を乾かした。
泥を完全に取り切ろうとせず、手でそっと払う。皮は意外に繊細なので、たわしで熱心に磨く会は開催しない。
ここで大事なのが、サツマイモの仕分けだった。
スコップで深く傷つけたもの、折れたもの、皮が大きくめくれたものは、長期保管組に入れず、早めに加熱して食べる。
傷の少ないものを待機組へ回す。
濡れているものはよく乾かし、すでに柔らかい、汁が出ている、カビがある、嫌な臭いがするものは無理に食べない。
私は傷つけた一本を見ながら、「これは個性ということで」と箱に戻しかけた。
でも、個性と傷みは別である。
美容業界で、お客様の肌を見ながら状態に合うお手入れを考えていたころは、その違いに慎重だった。なのに芋になると、急に精神論で乗り切ろうとする。
傷のある一本は、その日の夕食のみそ汁に入れた。
焼き芋ほど甘さを競わなくても、だしとみそに包まれると、ほっとする味になる。早く食べる組にも、ちゃんと役目があった。
傷の少ない芋は一本ずつ新聞紙や無地の紙で包み、段ボール箱へ入れる。
箱は密閉せず、空気がこもりすぎないようにする。ビニール袋へぎゅっとまとめて入れると湿気が逃げにくいため、私は紙を選んだ。
保管場所は、寒すぎず暑すぎず、暗くて風通しのよいところ。
サツマイモは低温に弱いので、冷蔵庫へ何も考えずに直行させるのは避けたい。
家庭では、おおむね13~15度前後を保ちやすい場所が一つの目安になる。ただし、家の中の温度は地域や季節でかなり違う。
秋の涼しい室内なら、暖房の風や日光が当たらない場所を探す。
真冬の廊下や屋外物置が10度を大きく下回るなら、そこも安心とは言い切れない。
反対に室温が高い時期は、芽が出たり傷みやすくなったりするので、毎日「見ないふり」をせず様子を見る。
わが家では、キッチンの奥は調理の熱がこもる。窓際は昼に温度が上がる。玄関は冬になると冷えすぎる。
サツマイモ一箱のために、私は小さな不動産仲介人になった。
「日当たりは悪いですが、芋には好条件です」
最終的に、室温の変化が比較的少ない部屋の隅へ置いた。
温度計があれば確認しやすい。なければ、暑い日、冷え込む日、暖房を使い始めた日には場所を見直す。
それだけでも、箱へ入れたまま忘れるよりずっとよい。
二週間の待機は、放置ではなく短い見守りだった
私は箱に「焼き芋解禁予定日」と書いた付箋を貼った。
目安として、まず一~二週間ほど休ませてから食べ比べることにした。
品種や状態によっては、さらに貯蔵することで食味が変わる場合もある。ただ、家庭の保管環境は、農家や貯蔵施設のように一定ではない。
だから私は、「長く置くほど正義」にはしなかった。
二、三日に一度、箱を開ける。
紙が湿っていないか、柔らかくなっていないか、カビや異臭がないかを見る。
傷み始めた一本を見つけたら、周りの芋と離す。結露していたら紙を替え、置き場所も見直す。
このひと手間は、保管というより点呼に近い。
「一番、異常なし。二番、少し怪しい。三番、形はずっと自由」
ひとり暮らしの部屋で芋に話しかける三十代。婚活プロフィールには書きにくいが、生活は少し楽しい。
ここで、家庭での保管手順を簡単にまとめておく。
- 掘りたては、雨や露で濡れていれば特によく乾かす。
- 長く置く分は洗わず、表面の土をやさしく払う。
- 深い傷、折れ、柔らかさ、カビ、汁、異臭がないか確認する。
- 傷のあるものは別にして、早めに加熱して食べる。
- 傷の少ないものを一本ずつ新聞紙などで包み、通気を残した箱へ入れる。
- 直射日光を避け、寒すぎない暗所で保管する。温度は13~15度前後が一つの目安。
- まず一~二週間を目安に休ませ、途中も状態を確認する。
家庭でよく聞く「キュアリング」は、本来、収穫時の傷を治りやすくするために、温度と湿度を管理する処理を指す。
温度管理のできない家で、こたつや暖房のそばに置いて自己流で高温多湿にすると、傷みを招くことがある。
私は難しい再現には挑まず、よく乾かし、無理のない温度で紙に包み、こまめに状態を確認する方法を選んだ。
家が暑く、適した常温場所がどうしてもない場合は、低温障害を避ける工夫をしながら野菜室を使う方法も見かける。
けれど、冷蔵庫の温度設定や湿度は機種によって違う。
入れる場合は一本ずつ紙で包み、さらに袋へ入れて乾燥を防ぎ、冷気の吹き出し口を避ける。そして、長期間放置しない。
家庭ごとの差が大きいので、私は「必ず野菜室が正解」とは決めなかった。
切ったサツマイモは話が別だ。
切り口のあるものを常温で何週間も待たせず、ラップなどで包んで冷蔵し、早めに使う。
加熱済みで食べ切れない分は、冷蔵または冷凍へ。丸ごとの掘りたて芋と同じ扱いにしないほうが安心だ。
甘さを育てたのは、芋より私の「待つ余白」かもしれない
解禁予定日の夜、私は箱から一本を出した。
紙を開く音が、プレゼントの包装をほどく音に少し似ていた。
土は乾き、皮の表面も落ち着いて見える。洗って水気を拭き、今度は急いで高温にせず、低めの温度でじっくり焼いた。
サツマイモの甘さは、保管だけでなく加熱の仕方にも左右される。
ゆっくり熱を入れると、でんぷんが糖へ変わる時間を取りやすい。
私の一回目の失敗は、掘りたてだったことだけでなく、「早く食べたい」が調理にも出ていたのだと思う。
焼き上がったサツマイモを割ると、湯気の向こうに濃い黄色が見えた。
ひと口食べる。
前より甘く感じた。
もちろん、二週間という数字だけのおかげかは分からない。
芋の個体差もあるし、焼き方も変えた。それでも、待つ間に状態を見て、食べ方を考えて、期待を少し落ち着かせたことまで含めて、おいしかった。
私は、結果を早く欲しがる。
美容なら、昨日塗ったものの答えを今朝の肌に求める。
婚活なら、一度の食事でこの人との未来を決めたくなる。
ブログなら、公開した翌日に数字を見て、向いているかどうかまで判定しかける。
けれど、まだ途中のものを、途中の味で評価してしまうのは少しもったいない。
待てば、すべてうまくいくわけではない。
傷んでいたら早く手放す。今食べたほうがよいものは、今食べる。温度が合わなければ場所を変える。
待つというのは、箱に入れて忘れることではなく、急かさずに見ていることなのかもしれない。
玄関にあった紙袋は、今は空になった。
部屋には焼き芋の甘い香りと、少し冷めたコーヒーがある。
私は残りの芋を、もう一度箱へ戻した。
全部を今夜焼かない自分は、昨日よりほんの少しだけ大人に見える。たぶん、サツマイモから見れば誤差だけれど。
あなたの家に掘りたての一本が来たら、最初の一本はいつ食べますか。



