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食べすぎた翌朝、体重計を二度疑ってカフェリーチェを開けた話

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「コーヒーくらい、何も考えずに飲みたいのに」食べすぎた翌朝、カフェリーチェを開けた

カフェリーチェを飲む女性

朝七時十四分、私は冷蔵庫の前で、昨夜の自分が残した証拠品と向き合っていた。

透明な保存容器に入ったピザが二切れ。

冷蔵庫へ入れたことだけは立派だけれど、そもそも四切れ食べたあとに残した二切れなので、「自制心があります」と胸を張れる状況ではない。

その横には、コンビニで買ったプリンの空容器。

プリンは冷蔵庫に戻らず、私のお腹にきちんと収納されていた。

「昨日は昨日。朝は朝」

そう言い聞かせながら、私はパジャマのままコーヒーを淹れようとした。

ところが、棚から取り出したのは、いつものインスタントコーヒーではなく、買ったまま数日間眺めていたカフェリーチェだった。

食べすぎた翌朝の私は、コーヒー一杯にまで反省文を書かせようとしていた。

食べすぎた翌朝、コーヒーにまで正しさを求めてしまった

冷蔵庫の前で、昨夜の私を取り調べる

前日の夜、私は自分への小さなご褒美として、デリバリーでピザを頼んだ。

本当はサラダも一緒に注文するつもりだった。

けれど注文画面を見ているうちに、サラダよりポテトのほうが私を必要としている気がしてきた。少なくとも、画面の中のポテトはとても寂しそうに見えた。

「今日は頑張ったから」

一人暮らしの女性が、この言葉を口にするときは少し注意が必要だと思う。

“頑張った”の範囲が広すぎるからだ。

仕事を終えた。

洗濯物をたたんだ。

婚活アプリで届いた「よろしくお願いします」に、こちらも「よろしくお願いします」と返した。

それだけで、私の中では一日の大仕事を終えたことになる。

作家を目指しながらブログを書き、婚活もし、自分の生活も整えようとする毎日は、誰かに表彰されるほど華やかではない。それでも、地味に疲れる日はある。

昨夜はまさに、そんな日だった。

最初の一切れは、チーズの香りを楽しみながら食べた。

二切れ目は、動画を見ながら食べた。

三切れ目になると、もう味より勢いだった。

四切れ目では、なぜか「残すほうが食品ロスなのでは」という社会的な使命感まで生まれていた。食品ロス問題を、個人のお腹だけで解決しようとしてはいけない。

それでも食べている間は幸せだった。

困るのは翌朝だ。

カーテンを開けた瞬間、白い朝の光が部屋の中へ差し込み、昨夜の言い訳を一枚ずつ照らしていく。

胃は少し重い。

顔もなんとなくむくんでいる。

パジャマのウエストだけが、昨夜より正直になっていた。

私は体重計の上に乗り、表示された数字を見た。

そして一度降りた。

体重計の位置を少しずらし、もう一度乗った。

床の傾きが原因かもしれないと思ったのだ。

もちろん、体重計は二度目も同じ数字を出した。機械は空気を読まない。

「壊れてはいないのね。優秀ですね」

褒める場所を完全に間違えながら、私は体重計を壁際へ戻した。

食べすぎたことは分かっている。

一晩で急に体型が決まるわけではないことも、頭では分かっている。

それなのに私は、朝のコーヒーを飲むことにまで、少し罪悪感を抱いていた。

砂糖を入れないほうがいい。

ミルクも控えたほうがいい。

朝食は抜くべきだろうか。

昨日食べた分を、今日の私が急いで返済しなければならないような気持ちになっていた。

でも本音を言えば、私はただ、温かいコーヒーを飲みたかった。

「コーヒーくらい、何も考えずに飲みたいのに」

誰もいないキッチンで口にすると、その言葉は思ったより寂しく響いた。

接客中の「昨日食べちゃって」が、今ならよく分かる

飲食業界と美容業界で働いていた頃、お客様から何度も聞いた言葉がある。

「昨日、食べすぎちゃって」

飲食店では、ランチのメニューを前にした女性が言っていた。

美容の仕事では、施術前の会話の中で、お客様が少し恥ずかしそうに話してくれた。

そのたびに私は、

「一日くらい大丈夫ですよ」

と笑っていた。

本当にそう思っていたし、相手には心からそう伝えたかった。

けれど不思議なもので、自分のことになると急に話が変わる。

他人の食べすぎには寛大なのに、自分の食べすぎには厳しい。

お客様には「無理しないでくださいね」と言えるのに、自分には「今朝から何か対策をしなさい」と命令する。

接客をしていた頃、ある常連のお客様が、ケーキを食べたあとにこう言ったことがある。

「おいしかったのに、食べ終わった瞬間から後悔するの。忙しいわよね、女って」

そのとき、店内には焼きたてのパンとコーヒーの香りが混ざっていた。

お客様は笑っていたけれど、その言葉には小さな本音が入っていた。

楽しみたい。

でも、きれいでもいたい。

好きなものを食べたい。

でも、自分を管理できる人にも見られたい。

この二つの気持ちは、どちらかが間違っているわけではない。

ただ、同時に抱えると少し疲れる。

当時の私は「分かります」と笑いながらも、本当の意味では分かっていなかったのかもしれない。

食べすぎた翌朝、冷蔵庫の前でピザの残りを見つめていた私は、何年も前のお客様の言葉をようやく理解していた。

本当に、忙しい。

朝から胃と心と体重計で、三者会談が始まっている。

私は昔から、何か失敗したと感じると、すぐに“正しい自分”へ戻ろうとするところがある。

婚活でもそうだ。

少し言いすぎたかもしれないと思えば、次のメッセージでは必要以上に丁寧になる。

服を買いすぎた月は、急に節約家の顔でスーパーのもやしを選ぶ。

夜更かしした翌朝には、健康的な人を演じるように白湯を飲む。

調整すること自体は悪くない。

ただ、私はときどき、調整ではなく罰を与えようとしてしまう。

昨日食べたから、今日は楽しんではいけない。

昨日怠けたから、今日は頑張らなければならない。

そんなふうに、一日単位で自分を採点していた。

でも、人生は毎朝零時に成績表が出るほど、きっちりした仕組みではない。

昨日のピザも、今日のコーヒーも、もう少し長い目で見てよかったのだと思う。

カフェリーチェを開けるまで、私は少し疑っていた

カフェリーチェを知ったとき、最初に心が動いた理由は、とても立派とは言えない。

「いつものコーヒーを置き換えるだけなら、私にもできそう」

これだった。

運動を毎日続ける。

食事を細かく記録する。

夜は必ず早く眠る。

どれも大切だと分かっているけれど、“きちんとした生活”を一気に始めようとすると、私は三日目あたりで疲れてしまう。

三日坊主というより、二日と半分坊主である。

その点、コーヒーなら毎日の習慣になっている。

朝の一杯は、私にとって目覚まし時計の続きのようなものだ。

カップから立つ湯気を見ると、眠っていた頭が少しずつ今日へ戻ってくる。

だからこそ、カフェリーチェには興味を持った。

一方で、疑いもあった。

「いわゆる健康を意識したコーヒーって、味はどうなんだろう」

「飲んだだけで安心して、また食べすぎる言い訳にしないかな」

「そもそも、普通のコーヒーより高いよね」

公式発表によると、カフェリーチェプレミアムは、イタリア発のバリスタブランド「セガフレード・ザネッティ」と共同開発された機能性表示食品だという。

ブラジル産コニロン種とベトナム産ロブスタ種をブレンドし、機能性関与成分としてイソマルトデキストリン(食物繊維)が含まれている。

届出表示では、食事由来の糖や脂肪の吸収を抑えること、食後血糖値や食後血中中性脂肪の上昇を抑えること、お腹の調子を整えることが報告されている。

一杯6gで14.9kcal、食物繊維は約3.9g。公式情報では一日の摂取目安量が6gまたは12gと案内されている。ジェイフロンティア株式会社の商品情報

そこまで読んだ私は、「なるほど」と思う一方で、心の中でそっと電卓をたたいた。

公式発表時の販売価格は180gで税込5,300円。

いつものインスタントコーヒーと比べれば、決して何も考えずに買える金額ではなかった。価格や販売条件は変わる可能性があるため、購入時には公式サイトで確認したほうがよさそうだ。

私は画面を見ながら、自分に尋ねた。

「本当に続ける?」

こういう商品は、買った瞬間がいちばん健康意識の高い人になりやすい。

届いた箱を見て満足し、二週間後には棚の奥で静かな置物になっている。私の家には、そうして置物へ転職した健康食品がいくつかある。

だから、すぐには開けなかった。

数日間、キッチンの棚に置いたまま眺めていた。

そして、よりによって食べすぎた翌朝に開けた。

袋を開けると、ふわりとコーヒーの香りがした。

私は六グラムを量り、カップへ入れた。

ところが、ここで小さな事件が起きた。

昨日の反省を早く流し去りたい気持ちが強すぎたのか、勢いよくお湯を注ぎすぎて、カップの縁から少しあふれたのである。

茶色いしずくがテーブルを伝い、婚活用に買った淡い色のハンカチで慌てて拭くことになった。

食べすぎた翌朝に、機能性コーヒーまでこぼす女。

健康的な生活は、どうやら初日から静かには始まってくれない。

ひと口飲んでみると、私が勝手に想像していた“健康食品らしい不自然さ”は強く感じなかった。

苦味とコクがあり、香りもきちんとコーヒーだった。

もちろん味の感じ方には個人差があるし、私の感想が全員に当てはまるわけではない。

それでも、コーヒーを飲む時間が「我慢の時間」にならなかったことに、私は少しほっとした。

ただし、カフェリーチェを飲んだからといって、昨夜のピザが消えるわけではない。

飲むだけで体重が落ちるものでも、食生活の乱れを帳消しにするものでもない。

機能性表示食品は医薬品ではなく、疾病の診断・治療・予防を目的としたものではない。特定保健用食品とは異なり、消費者庁長官による個別審査を受けたものでもない。

また、病気の治療中の人や医薬品を服用している人は医師・薬剤師へ相談し、体調に異変を感じた場合は摂取を中止して医師へ相談する必要がある。妊産婦、妊娠を計画している人、授乳中の人、未成年者を対象に開発された商品ではないことも、購入前に確認しておきたい。

コーヒーの味に強いこだわりがある人。

食物繊維を摂るとお腹の調子が変わりやすい人。

毎月の費用をできるだけ抑えたい人。

そういう人は、味や体調、価格を確かめながら慎重に考えたほうがいいと思う。

反対に、もともと食事と一緒にコーヒーを飲む習慣があり、無理のない範囲で食生活を意識したい人には、取り入れやすい選択肢の一つになるかもしれない。

私にとってよかったのは、「昨日食べすぎたから飲む」という罰ではなく、「今日も自分を雑に扱わないために飲む」と考えられたことだった。


必要だったのは、昨日の私を叱ることではなかった

カフェリーチェを飲み終える頃には、朝の光がテーブルの端まで届いていた。

胃の重さが魔法のように消えたわけではない。

体重計の数字も、都合よく訂正されてはいない。

それでも、私は昨夜の自分に対する取り調べを、そろそろ終えてもいいと思った。

食べすぎた翌日に必要なのは、極端に食事を減らすことでも、自分を嫌いになることでもなかった。

水分を取り、いつもの生活へ少しずつ戻り、次の食事では野菜やたんぱく質も意識する。

可能なら少し歩く。

眠れていなければ、早めに休む。

そういう地味なことのほうが、私には向いている。

カフェリーチェも、その地味な生活の中に置いておきたいと思った。

“飲めば何とかなる特別な一杯”ではない。

“今日の私を立て直すための、小さなきっかけになる一杯”。

そのくらいの距離が、ちょうどいい。

私は昔、きれいになるためには、何かを我慢しなければならないと思っていた。

食べたいものを我慢する。

欲しい服を我慢する。

疲れていても笑う。

婚活では、相手に嫌われそうな本音を我慢する。

けれど我慢ばかりで作った自分は、見た目が整っていても、どこか不機嫌だった。

接客の現場で学んだ「人をきれいにするには、まず自分の心が整っていること」という言葉は、自分自身にも向ける必要があったのだと思う。

心を整えるとは、いつも正しくいることではない。

ピザを食べすぎた自分を、「またやってしまった」と笑って許すことも含まれている。

もちろん、毎晩食べすぎていいという話ではない。

健康診断の結果も、日々の体調も、見て見ぬふりはできない。

でも、反省と自己嫌悪は似ているようで違う。

反省は次の行動を少し変えてくれるけれど、自己嫌悪は今日一日まで味気なくしてしまう。

私は今日のコーヒーまで、昨日の後悔の味にしたくなかった。

冷蔵庫を開けると、保存容器の中にはまだピザが二切れ残っている。

さすがに朝から食べるのはやめて、昼に一切れ、サラダと一緒に食べることにした。

もう一切れは冷凍した。

食品ロス問題を一日で解決しようとせず、未来の私にも協力してもらうことにしたのだ。

テーブルに戻ると、カフェリーチェの香りがまだカップの中に残っていた。

私はスマートフォンを手に取り、体重管理アプリを開きかけて、やめた。

数字を見るのは、もう少し気持ちが落ち着いてからでいい。

代わりに窓を開けた。

朝の少し冷たい風が入り、ピザとコーヒーの混ざった部屋の空気を外へ連れていった。

昨日の私は、少し食べすぎた。

今日の私は、カフェリーチェをこぼした。

どちらも、完璧ではない。

けれど、そんな自分を必要以上に嫌わずにいられた朝は、昨日より少しだけ気分が軽かった。

明日の朝も私は、たぶんコーヒーを飲む。

今度こそ、何も考えずに飲めるだろうか。



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