夜十一時四十二分。洗面所で、私は自分の顎に向かって謝っていた。
「ごめん。朝は、あなたのことを吹き出物って呼んだ」
呼び方を上品にしたところで、赤みは一ミリも遠慮してくれない。
しかも翌日は、婚活で知り合った人と二度目の食事だった。初対面より二度目のほうが緊張するのは、相手の顔を知っているぶん、自分の顔も知られている気がするからだ。
鏡の中には、顎の右側にぽつんと赤い点。触ると、心臓のミニチュアでも埋まっているのかと思うほど、じんじん主張している。
私は洗面所を出て、冷めたコーヒーの横にスマートフォンを置いた。そして、なるべく深刻ではない顔で検索窓に打ち込んだ。
「大人 ニキビ 顎」
その次に「プロアクティブ 大人」。
検索候補にその名前が出た瞬間、なぜか背筋を伸ばした。誰も見ていないのに、私は小さく笑ってしまった。
「今さらプロアクティブ?」
笑ったのは、商品がおかしかったからではない。ニキビは十代の悩みで、大人の私はもっと大人らしい悩みだけを抱えているべきだと、勝手に決めていたからだ。
けれど、その夜いちばん痛かったのは顎ではなかった。
「この年齢なのに」と、自分へ向けた私の視線だった。
年齢を重ねたのに、肌だけが空気を読んでくれない

吹き出物と呼べば、大人になれると思っていた
若いころ、ニキビはニキビだった。
ところが、ある年齢を越えたころから、私は急に「吹き出物」と呼ぶようになった。呼び名を替えるだけで、少し落ち着いた大人に見える気がしたのだ。
実際には、顎にできた赤いものを前にして、やっていることは十代のころとほとんど変わらない。
横から見る。
照明を変えて見る。
なぜかスマートフォンのインカメラでも見る。
最後には指で触り、「やっぱりいる」と確認する。出席確認ではないのだから、毎回触らなくてもいい。
美容業界で働いていたころ、お客様から大人のニキビについて相談を受けることがあった。
そのときの私は、落ち着いた声で「季節の変わり目や生活リズムでも肌は揺らぎますから」と話していた。決して嘘ではない。ただ、自分の顎にできた途端、その落ち着いた女性はどこかへ帰ってしまった。
代わりに現れたのは、明日の食事で相手が私の話ではなく顎だけを見ていたらどうしよう、と心配する私である。
たぶん相手はそこまで見ていない。それどころか、メニューの写真のほうを熱心に見る可能性が高い。それでも私は、赤い一点に自分の価値まで吸い込まれるような気がした。
きれいになりたい気持ちには、ときどき見栄が混ざる。
「肌を健やかにしたい」という立派な願いの隣で、「ちゃんとしている女性に見られたい」が体育座りをしている。
婚活中の私は、特にそうだった。
誰かに会う日は、肌も髪も服も、私という人間の推薦状のように思えてしまう。ニキビが一つあるだけで、推薦状の端に赤い訂正印を押された気分になる。
でも、本当はそれがいちばん苦しかった。
肌の小さな炎症を見て、「自己管理ができていない」「もう若くないのに」「美容の仕事をしていたのに」と、関係のないものまで一列に並べ、自分を減点していたからだ。
私はニキビを治したかったのか。
それとも、ニキビがある自分を誰にも見つからないようにしたかったのか。
冷めたコーヒーを一口飲むと、思っていた以上に苦かった。
コンシーラーを厚くしたら、小さな山が完成した
翌朝、私はいつもより二十分早く起きた。
カーテンの隙間から入る朝の光は、こういう日に限って容赦がない。夜の照明なら「気のせい」で済ませられた赤みが、朝日を浴びて正式に存在を表明していた。
私はコンシーラーを薄くのせた。
まだ見える。
もう一度のせた。
少し安心した。
さらにファンデーションを重ねた。
その結果、赤みは隠れたが、顎に小さな山ができた。
色を隠すことには成功し、地形を強調することには大成功したのである。
美容の仕事をしていたころ、「隠そうとして重ねすぎると、かえって目立つことがありますよ」と何度も話してきた。その助言をした本人が、朝から顎に左官工事をしている。
私はティッシュでそっと押さえ、かなりの部分を落とした。
そのとき、昔のお客様のことを思い出した。
頬のニキビを気にして、いつもうつむきがちだった女性だ。ある日、メイクの相談中に彼女がぽつりと言った。
「肌を見られている気がして、人の目を見られないんです」
私は当時、「そんなに気にしなくても大丈夫」とは言わなかった。気にしている人にそれを言うと、悩みまで小さく扱われたように感じることがあると、接客の中で知っていたからだ。
代わりに、「今日は隠すことより、帰宅したときに疲れない仕上がりを一緒に探しましょう」と話した。
あの言葉を、今度は自分に言えばよかった。
けれど、自分への接客は難しい。お客様にはやさしくできるのに、自分にはすぐ「もっとちゃんとして」と言ってしまう。
結局、その日の食事には薄いベースメイクで出かけた。
相手は私の顎について何も言わなかった。当然といえば当然である。私たちは仕事の話をして、最近食べておいしかったものを話して、最後に相手がコーヒーへ砂糖を二袋入れたことだけが、妙に記憶に残った。
帰りの電車で窓に映る自分を見たとき、顎の赤みはまだあった。
でも、食事中にそれを忘れていた時間もあった。
その事実は、小さかったけれど救いだった。
ニキビがある日は一日中不幸、というわけではない。肌の調子が悪くても、会話がおもしろい瞬間や、料理がおいしい瞬間はちゃんとやってくる。
肌は私の一部だけれど、私の一日全部ではない。
そう思えたはずなのに、帰宅してスマートフォンを開くと、昨夜の検索履歴が目に入った。
「プロアクティブ 大人」
私は削除ボタンに指を置き、なぜか押せなかった。
消せなかった検索履歴に、私の本音が残っていた
プロアクティブという名前には、私の中で「学生のころにCMで見たニキビケア」という印象が強く残っていた。
だから最初は、大人の私が見るページではないような気がした。学割という文字まで目に入って、私はそっとスマートフォンを伏せたくなった。
けれど、公式サイトを読み進めると、現在のプロアクティブは思春期ニキビだけでなく、大人ニキビの予防も掲げた薬用スキンケアだった。
基本は「洗う・届ける・整える」の3ステップ。
薬用スマートセットは、薬用洗顔料、薬用美容液、薬用ジェル状クリームの組み合わせで、いずれも医薬部外品。洗顔料は、ソフトスクラブタイプとマイルドなミルクタイプから使用感で選べるようになっていた。
薬用ジェル状クリームはオイルフリー処方で、ニキビや肌荒れを予防しながらうるおいを与える設計だという。
私はそこで、少しだけ立ち止まった。
ニキビができると、つい「落とさなければ」と思う。皮脂も汚れも、昨日の夜更かしも、余計に食べたチョコレートも、全部洗い流したくなる。
でも、大人の肌は乾燥も気になる。攻めたい私と、いたわりたい肌の間で、洗面所は小さな会議室になる。
3ステップに保湿まで含まれている点は、そんな私には気になった。
一方で、私は敏感肌寄りで、乾燥や赤みが出ることもある。だから「薬用」「ニキビケア」と書いてあるだけで、無条件に自分へ合うとは考えなかった。
公式の使い方では、洗顔は力を入れず、目元や唇を避け、ぬるま湯でやさしくすすぐよう案内されている。乾燥を感じる部分にはジェル状クリームの重ねづけ、外出時には日焼け止めも勧められていた。
こういう地味な注意書きが、私はけっこう好きだ。
美容は、劇的な一言より「こすらない」「様子を見る」「日焼け止めを使う」のほうが、結局は生活に残る。
とはいえ、3品を朝晩続けるのが面倒に感じる人もいるだろう。今使っている化粧品を一度に入れ替えたくない人、スクラブの感触が苦手な人、刺激や乾燥が心配な人は、洗顔料のタイプや使い方を慎重に選びたい。
私も、張り切って初日から量を増やしたり、赤い部分を念入りにこすったりしないほうがいい。私の「早くどうにかしたい」は、ときどき肌より先に走り出すからだ。
それから、プロアクティブは医薬部外品のスキンケアで、医療機関の治療薬とは役割が違う。
赤く腫れたニキビが続く、痛みや膿がある、跡になりそう、セルフケアで改善しない。そんなときは、化粧品だけで粘らず皮膚科へ相談する選択も持っておきたい。日本皮膚科学会も、ニキビには医療機関で行う標準的な治療があることを案内している。
「買えば明日の朝には全部消える」という魔法ではない。
肌に合うかどうかも、使い続けやすいかどうかも、人によって違う。
それでも私は、検索履歴を消さなかった。
そこに残っていたのは、若返りたいという焦りではなく、もう一度ていねいに肌と付き合いたいという気持ちだったからだ。
価格を見たときには、もちろん家計簿の顔も浮かんだ。
「肌への投資です」と言えば聞こえはいいが、私の財布は美容理念だけでは開かない。今使っているものを最後まで使えるか、定期便なら条件はどうか、返金保証の対象や手続きはどうなっているか。申し込む前に、その時点の公式サイトで確認してから決めたい。
勢いで買って洗面台に並べ、三日後には満足してしまうのが、私の美容における典型的な敗北だからである。容器をそろえることと、肌が整うことは別の競技だ。
だからその夜は、すぐに「購入する」を押さなかった。
代わりにページをブックマークし、今のスキンケアで刺激になりそうなものを書き出し、肌が落ち着いている日に少しずつ試すならどうするかを考えた。
買わない言い訳をしているようで、実は前よりまじめだった。
欲しいと思った瞬間に買うことだけが、自分を大切にする行動ではない。自分の肌質と生活に合うかを考える時間も、立派なケアなのだと思う。
顎の赤い点より、私の採点表を小さくしたい
ニキビは、年齢証明書を見てからできるわけではない。
大人だからできない、という決まりもない。
それなのに私は「この年齢なのに」と、自分にだけ厳しい入場制限を設けていた。
肌荒れは恥ずかしい。
美容の仕事をしていたのに恥ずかしい。
婚活中なのに恥ずかしい。
そんなふうに、顎の赤い点へいくつもの意味を重ねていた。
でも、ニキビは私の未熟さの証拠ではない。少なくとも、誰かに会う資格を取り消すものではない。
必要なのは、ニキビが一つもない完璧な顔になってから人前へ出ることではなく、肌が揺らいだときに自分まで嫌いにならない練習なのかもしれない。
プロアクティブを調べたことで、私は商品そのものより先に、自分の中の妙な年齢制限に気づいた。
大人がニキビケアを探してもいい。
昔から知っている商品を、今の自分の目でもう一度選び直してもいい。
合わなければ別の方法を探していいし、症状が強ければ皮膚科を頼っていい。
「これを使えば自信が戻る」とまでは言えない。自信は宅配便の箱には入っていないし、洗顔料の後ろにも隠れていない。
ただ、悩みを笑ってごまかさず、何が自分に合うか調べる。その行動は、少しだけ自分の味方になることだった。
夜十一時四十二分に冷めていたコーヒーを、私は電子レンジで温め直した。
スマートフォンには、まだ「プロアクティブ 大人」の検索履歴が残っている。
顎の赤い点も、まだそこにいる。急に仲良くなれたわけではない。できれば早めに退去してほしい。
それでも昨夜のように、「この年齢なのに」とは言わなかった。
「今日は、どうしてほしい?」
鏡の前でそう聞いてみると、肌より先に、私の肩の力が少し抜けた。
完璧な肌ではないまま、私は温め直したコーヒーを飲んだ。昨日より少しだけ、自分を見る目がやわらかくなっていた。
あなたは肌の調子が悪い日に、自分へどんな言葉をかけていますか。
※本記事は個人の気持ちと商品検討の記録です。使用感や肌との相性には個人差があります。異常が生じた場合は使用を中止し、症状が強い・長引く場合は皮膚科医へ相談してください。









