去年の服が入らない朝、私を救ったのは根性ではなく甘い一杯だった

ベッドの上に、去年の夏のワンピースが横たわっていた。
正確に言うと、横たわっていたのはワンピースではない。ファスナーを途中まで上げたところで息が止まり、静かに脱いだ私の自信である。
朝の光は容赦がない。薄いカーテンを通り抜けて、床に置いた服と、少し赤くなった私のお腹を平等に照らしていた。
「去年、これ着てたよね?」
誰もいない部屋で、私は服に確認した。もちろん返事はない。返事の代わりに、背中のファスナーだけが「そこから先は有料です」とでも言いたげに止まっている。
少し息を吐けば上がるかもしれない。
そう思ってお腹を引っ込め、肩を後ろに回し、ヨガなのか着替えなのか分からない姿勢になった。あと三センチ。けれど、その三センチは婚活でいう「いい人なんだけど、ときめかない」くらい遠かった。
結局、私はゆったりしたシャツワンピースに着替えた。
体形を拾わない服は、大人の知恵である。そして、ときどき大人の見て見ぬふりでもある。
私は作家を目指している独身女性ブロガー、サクラック。飲食と美容の仕事を合わせて約十年続け、今は文章を書きながら婚活もしている。
人をきれいにするには、まず自分の心が整っていること。
接客の現場でそう学んだはずなのに、その朝の私の心は、上がらないファスナーと一緒に見事に挟まっていた。
「痩せたい」の奥で、私がこっそり守っていたもの
去年の服が入らない。
お腹まわりが、そろそろ本気でまずい。
それなら食べる量を減らして、運動を増やせばいい。話は単純である。私だって、そのくらい知っている。
けれど、知っていることと、夕方六時にポテトサラダの残りを冷蔵庫から出さないことは、まったく別の能力だ。
私はきれいになりたい。でも、おいしいものも食べたい。
去年の服をもう一度着たい。でも、今の私を去年の私に謝らせたくはない。
「どうしてこんなになるまで放っておいたの」なんて、自分に言いたくないのだ。放っておいたわけではない。仕事のことを考え、ブログを書き、婚活アプリで知らない人と丁寧なメッセージを交わし、疲れた夜にはちゃんと自分を慰めてきた。その慰めが、たまたま少しカロリーを持っていただけである。
私が守りたかったのは、たぶん体重ではなく、頑張ってきた自分への言い分だった。
美容の仕事をしていた頃、お客様から「急に太っちゃって」と打ち明けられることがあった。
そんなとき私は、体重の数字より、その言葉の前につく「最近ちょっと大変で」という部分を聞くようにしていた。眠れていなかったり、家族のことで疲れていたり、仕事帰りに食べる甘いものだけが楽しみだったりする。
体形の変化には、ときどき生活の跡が残る。
それなのに自分のことになると、私は急に厳しい審査員になる。
ワンピースが入らなかっただけで、「自己管理ができない女」という札を首から下げそうになった。婚活用のプロフィールに、そんな項目はない。ないのに、私は勝手に減点していた。
ファスナー三センチ分の見栄が、夕食を迷子にした
その日の昼、私は勢いで「今夜は何も食べない」と決めた。
人はファスナーが上がらないと、なぜ急に修行僧になろうとするのだろう。
昼食は小さなサラダだけ。ドレッシングも半分。パソコンに向かいながら、私は少し誇らしかった。これでいい。今日から変わる。夕方には、もう二キロくらい減っている気さえした。
もちろん、減ってはいなかった。
午後四時を過ぎるころ、文章より冷蔵庫の中身が気になり始めた。五時には集中力が消え、六時にはスーパーのお惣菜売り場にいた。
「何も食べない」はずだった私は、半額シールの貼られた唐揚げを見つめていた。
半額という文字は恐ろしい。脂質ではなく、家計を助けている顔で近づいてくる。
私は唐揚げをかごに入れ、さらに「野菜も必要だから」とポテトサラダまで加えた。じゃがいもを野菜代表に任命した瞬間である。
家に帰ると、立ったまま一つ食べた。
衣の香ばしさと、少し濃いしょうゆ味が疲れた体に広がる。おいしかった。とてもおいしかったからこそ、二つ目を食べながら少し悲しくなった。
食べたことが悪いのではない。
自分を罰するように昼を減らし、その反動で夕食を選べなくなったことが嫌だった。
「私、痩せたいんじゃなくて、焦ってるんだ」
口に出すと、妙に納得した。
去年の服が入らないことより、このまま自分にがっかりし続けることのほうが怖かったのだと思う。
翌日、友人にその話をした。
「じゃあ、毎食を反省会にするの、やめたら?」
彼女はアイスコーヒーの氷をストローで鳴らしながら言った。
「一食だけ考える、とかでいいんじゃない?」
その言い方が軽くて、私は救われた。
人生を変える決意ではなく、今日の一食を整える。ファスナー三センチのために、性格までストイックに改造しなくていいらしい。
昔のおきかえシェイクを疑っていた私へ
友人と別れたあと、私はスマートフォンでおきかえ食品を探した。
ただ、正直に言うと「おきかえシェイク」という言葉に、最初はあまり心が躍らなかった。
私の中のおきかえ食品は、粉っぽくて、味は我慢の向こう側にあり、飲み終えた五分後には冷蔵庫と再会するものだった。ダイエットへの熱意を液体にしたような味、といえば伝わるだろうか。
それでも探したのは、料理を頑張る余裕がない日でも、食事を抜く以外の選択肢が欲しかったからだ。
そこで目に留まったのが、オルビスのプチシェイクだった。
名前からして少し控えめである。「ビッグな覚悟」も「燃焼の奇跡」も要求してこない。プチなら、今の私にも付き合えそうだった。
果実感のあるベースを、冷たい牛乳や豆乳、ヨーグルト100mlと混ぜる。すると、とろりとした食感になるという。
公式情報では、どれと組み合わせても一食約150kcal前後。ビタミン11種、鉄分、食物繊維も含まれている。食べる量だけを乱暴に減らすより、「何を入れるか」も考えられているところが、今の私には魅力的に見えた。
けれど、私はすぐには注文しなかった。
おいしいと言っても、ダイエット食品のおいしいでしょう?
本当にお腹は納得する?
一箱買って、台所の棚で賞味期限を迎える未来はない?
そして価格を見たときには、一食分として考えるべきか、いつもの朝食代と比べるべきか、脳内の経理担当が急に出勤した。
ただ、食べないと決めて夕方に唐揚げを買い込む私には、「無理をしすぎないための一食」にお金を使う意味もある気がした。
私はまず、続けられそうな味を選ぶことにした。
届いた日、箱を開けても、人生が変わる音はしなかった。
個包装を開けてカップに注ぎ、冷えた牛乳を加える。スプーンを動かすと、さらりとしていた液体が少しずつとろみを帯びていく。色も香りも、私が勝手に想像していた「修行用ドリンク」よりずっとデザートに近い。
ひと口食べると、果実の甘酸っぱさが舌に広がった。
「あ、ちゃんとおいしい」
思わず声が出た。
“ダイエット中だから、おいしいことにしておこう”という味ではなく、ひとりのお昼に食べても気持ちがしょんぼりしにくい味。少なくとも私には、そこがいちばん意外だった。
とろみがあるので、細いストローで一気に飲むものではない。スプーンですくって食べると、短い食事をしている感覚が残る。
私はカップを透明なグラスに替えてみた。見た目が少し整うだけで、「カロリー調整中」から「昼下がりのデザート」に昇格する。人間の満足感は、案外、食器にも左右される。
牛乳ではまろやかに、ヨーグルトでは酸味と食べ応えが増すように私は感じた。豆乳が好きな人なら、その日の気分で変えられるのも便利だと思う。
ただし、これは魔法の一杯ではない。
夕食の焼き魚も、友人と食べるパスタも、全部これに替えたいとは思わなかった。活動量の多い日や、しっかり空腹を感じている日には、これだけでは物足りない人もいるはずだ。
噛む食事が好きな人、甘い味を食事として受け入れにくい人にも、毎日の一食としては向かないかもしれない。
私は、比較的動きの少ない日の朝か昼に使うことにした。お腹が空きそうな日は、ゆで卵やスープを添える。予定外に空腹になったら、意地を張らずに食べる。
アレルギーがある人や食事制限中の人は、選ぶ味や組み合わせる牛乳・豆乳・ヨーグルトも含め、原材料と栄養成分を公式ページで確認したほうが安心だ。
体調や治療との関係が気になる場合は、医師や管理栄養士に相談したい。
「これだけで痩せる」と期待すると、たぶん苦しくなる。
けれど、食事を抜いて夕方に判断力を失う私にとっては、先に一食分を決めておけることに意味があった。
服に入ることより、自分を追い出さないこと
プチシェイクを取り入れたからといって、翌朝、去年のワンピースが拍手しながら迎えてくれたわけではない。
ファスナーは相変わらず途中で止まった。
でも私は、その服を捨てなかったし、自分にひどい言葉も投げなかった。
「今日はまだ、ここまでか」
そう言ってハンガーに戻した。
以前の私は、体形を整えるには強い意志が必要だと思っていた。甘いものを我慢し、空腹に勝ち、毎日きちんと続けられる人だけが、去年の服を着る資格を取り戻せるのだと。
けれど、私に必要だったのは根性より、焦ったときに自分を雑に扱わない仕組みだったのかもしれない。
一食をプチシェイクにする日は、「食べなかった日」ではない。
自分で選んで、ちゃんと味わった日だ。
その違いは、体重計にはすぐ映らない。でも、夕方の私の機嫌には、わりとはっきり表れた。
お腹が空いた自分を責める時間が減り、「夜は何を食べよう」と普通に考えられるようになった。
ダイエットは、未来のきれいな自分だけを大切にすることではない。
まだ服がきつくて、少し焦っていて、でも今日も暮らしている自分を置いていかないことでもある。
私は今も、ラクな服に逃げる日がある。夜にお菓子を食べることもあるし、婚活の予定が入ると、急に三日でどうにかしようとする悪い癖も健在だ。
完璧には、ほど遠い。
それでも、何も食べずに頑張ったふりをするより、おいしい一杯を用意して「今日はこれで整えよう」と思えるほうが、私は少し好きだ。
あの朝、床に置いたままだったワンピースを、もう一度手に取った。
窓から入る光は、今日も正直だった。背中のファスナーはまだ三センチ手前で止まる。けれど、テーブルには冷えたプチシェイクがあり、私はもう服に謝っていなかった。
グラスの縁についた淡い色をスプーンですくう。
去年の服に戻るためではなく、今の私をちゃんと連れていくために。
あなたなら、焦った日の自分に、どんな一食を用意してあげますか。






