冷蔵庫の前でプリンを隠した夜、私が本当に痩せたかった理由

冷蔵庫の扉を開けたまま、私はプリンを背中に隠していた。
もちろん、部屋には私しかいない。
誰に見つかるわけでもないのに、賞味期限が今日までのプリンを手にした私は、まるでダイエット警察に現行犯逮捕された人のような顔をしていた。
夜の十一時。
冷蔵庫の白い光が、部屋着姿の私を容赦なく照らしている。
スマートフォンには、数日前に保存した「早く痩せる食事方法」という検索画面。
右手にはプリン。
左手にはスマートフォン。
そして心の中には、
「明日から本気を出す」
という、これまで何度も再放送されてきた名作ドラマのせりふが流れていた。
痩せたかったのは、体重よりも昨日の私だった
「早く」という二文字には、だいたい事情がある
早く痩せたい。
そう思ったきっかけは、婚活で会う予定が入ったからだった。
相手の男性が特別に細い女性を好むと言ったわけでもない。
写真を送ってほしいと頼まれたわけでもない。
ただ、会う日が決まった瞬間、私はクローゼットの前で急に不安になった。
このワンピース、お腹のあたりが少し苦しい。
横から見たら、思っていたより丸い。
鏡に映った自分を見ながら、お腹をへこませてみる。
息を止めれば、少し細く見える。
けれど、初対面の食事中ずっと息を止めておくのは、恋愛以前に生命活動として無理がある。
「一週間で、なんとかならないかな」
私はスマートフォンを手に取り、早く痩せる食事方法を調べ始めた。
夕食を抜く。
炭水化物を食べない。
一日一食にする。
特定の食品だけを食べる。
画面には、簡単そうで厳しい方法が次々と並んだ。
そのときの私は、健康的に少しずつ体を整えたいのではなく、今の自分を一刻も早く別人に取り替えたかったのだと思う。
きれいになれば、自信が持てる。
細くなれば、堂々と会える。
相手に好かれなかったとしても、せめて体型のせいではなかったと思える。
そんな保険を、私は体重に求めていた。
本当は分かっていた。
数日間ほとんど食べなければ、一時的に体重が減ることはある。
けれど、空腹で機嫌が悪くなり、仕事中に集中できず、反動で食べすぎた経験も何度かある。
それでも「早く痩せる」という言葉は魅力的だった。
急いでいるときの私は、未来の健康より、来週の写真写りを優先しがちだ。
とても人間らしい。
そして、少し格好悪い。
美容の仕事で見てきた「きれいになりたい」の裏側
美容業界で働いていた頃、お客様からよく聞いた言葉がある。
「もう少し痩せてから、おしゃれを楽しみたいんです」
「肌がきれいになったら、人に会いたい」
「もう少し自信がついたら、新しいことを始めたい」
そのたびに私は、
「今でも十分すてきですよ」
と伝えていた。
社交辞令ではなく、本当にそう思っていた。
笑うと目尻が柔らかくなる人。
自分に似合う色を知っている人。
家族の話をするときだけ声が明るくなる人。
人の魅力は、体重計にはほとんど表示されない。
それなのに、自分のことになると話は別だった。
お客様には「今の自分を大切に」と言いながら、私は鏡の前で自分のお腹をつまみ、
「これは今の自分として採用できない」
と、勝手に不採用通知を出していた。
美容の仕事で学んだのは、人をきれいにするには、まず心が整っていること。
けれど心が乱れている日は、知識より先に通販サイトを開いてしまう。
経験十年でも、夜十一時のプリンには弱い。
人間とは、実に奥深い。
食べない作戦は、二日目のパン屋で終了した
早く痩せるために、私は夕食を軽くすることにした。
一日目はサラダとスープ。
かなり順調だった。
「私、意外と意思が強いかもしれない」
そう思いながら、空になった器を少し誇らしく眺めた。
二日目。
仕事の用事を済ませた帰り道、パン屋の前を通った。
焼きたてのバターの香りが歩道まで流れている。
店頭には、つやつやしたクロワッサン。
私は見ないふりをして通り過ぎようとした。
その瞬間、お腹がかなり大きな音で鳴った。
近くを歩いていた女性が振り返った。
私はなぜかスマートフォンを耳に当て、
「うん、今向かってる」
と、誰とも通話していないのに話し始めた。
お腹が鳴っただけなのに、架空の待ち合わせ相手まで登場させてしまった。
結局、クロワッサンとクリームパンを買った。
家まで我慢するつもりが、クリームパンは駅のベンチで消えた。
クロワッサンも、帰宅後すぐに消えた。
パンが悪いのではない。
極端に減らした食事の反動で、私は自分の食欲を猛獣に育ててしまったのだ。
食べたあと、満足より先に自己嫌悪がやってきた。
「やっぱり私は続かない」
「だから痩せられない」
食事の失敗が、いつの間にか人格の評価にまで広がっていた。
でも冷静に考えれば、空腹の人がパンを食べただけである。
国家的な失敗でもなければ、人生の最終判定でもない。
それでも当時の私は、一個のクリームパンに自信を全部持っていかれた気分だった。
酵素ドリンクに期待したのは、脂肪より生活のリセット
酵素ドリンクが気になったのは、その少し後だった。
SNSで見かけた写真には、透明なグラスに入ったきれいな色の飲み物と、整った朝食が写っていた。
飲むだけで別人のように痩せるとは思っていない。
むしろ私は、そういう都合のよい話を疑うほうだ。
「飲むだけで本当に痩せるなら、世の中からダイエットの悩みは消えているはず」
そう思いながらも、商品ページを閉じることはできなかった。
気になったのは、食べすぎた翌日や、朝食を適当に済ませそうな日に取り入れやすそうだったこと。
水や炭酸水で割って飲めるものなら、甘いジュースや菓子パンに手が伸びる前の選択肢になるかもしれない。
私は酵素ドリンクに、脂肪を一気に消してもらおうとしたわけではない。
乱れていた食事をいったん立ち止まって見直す、きっかけになってほしかった。
ただし、価格を見た瞬間は少し真顔になった。
「この金額なら、卵と野菜と鶏むね肉が何回買えるだろう」
主婦でもないのに、急に家計評論家の顔になる。
原材料や甘味料、一本あたりの値段、飲み方を見比べた。
商品によって味や成分、カロリーは違う。
「酵素」と書いてあっても、それだけで体脂肪がみるみる減るわけではない。
食事の代わりに何日も飲み物だけで過ごすような方法は、私には向いていないと思った。
空腹に弱い私は、長時間我慢すると高確率でパン屋に吸い込まれる。
そこで私は、酵素ドリンクを「食べないための罰」ではなく、「食生活を整える補助」として使うことにした。
朝、食欲がないからとコーヒーだけで済ませそうなとき。
夕方、空腹のままスーパーへ行って、お菓子を大量に買いそうなとき。
炭酸水で割った酵素ドリンクをゆっくり飲み、そのあとで卵やヨーグルト、野菜、スープなどを組み合わせる。
早く痩せたいからと、主食を完全に抜くのもやめた。
量は意識しながら、ご飯も食べる。
たんぱく質や野菜もできる範囲で添える。
夜遅くに食べたくなったら、まず温かいお茶を飲み、本当にお腹が空いているのか、ただ疲れているのかを考えた。
もちろん、毎日きれいにはできない。
冷凍チャーハンの日もある。
お菓子を食べる日もある。
酵素ドリンクを作ったあと、テーブルに置いたまま忘れ、普通にカフェラテを飲んだ日もある。
私の丁寧な暮らしは、だいたい三日に一度くらい遅刻する。
それでも、食事を抜いて反動で食べる回数は少し減った。
何より変わったのは、食べた自分をすぐに責めなくなったことだった。
早く痩せる食事方法を探していた私は、ずっと食べ物と戦っていた。
でも、本当に必要だったのは、戦わなくても続けられる食べ方を見つけることだったのかもしれない。
酵素ドリンクは、私にとって痩せるための主役ではない。
生活を立て直す場面で、冷蔵庫にいてくれる脇役だ。
向いているのは、飲み物を上手に取り入れながら、食生活を見直すきっかけが欲しい人。
反対に、飲むだけで急激に痩せたい人や、食事を長期間すべて置き換えたい人には、期待する役割が違うと思う。
体調や持病、服薬状況によっては、原材料を確認したり、医師や専門家へ相談したりすることも大切だ。
ダイエット中でも、体を置き去りにはしたくない。
私は痩せるために自分を嫌いになっていたけれど、それでは何キロ減っても、自信は戻らない気がした。
誰かに選ばれる前に、今日の私を雑に扱わない
婚活の日、私は例のワンピースを着た。
劇的に痩せたわけではない。
お腹も、息を吸えばいつもの位置にいる。
それでも以前より少しだけ姿勢を伸ばして、鏡の前に立てた。
「これで嫌われたらどうしよう」
不安が消えたわけではない。
けれど同時に、
「私は今日、ちゃんと食べて、ちゃんと眠って、ここまで来た」
と思えた。
待ち合わせ場所へ向かう電車の窓に、自分の姿がぼんやり映っていた。
完璧ではない。
モデルのようでもない。
でも以前のように、今すぐ別人になりたいとは思わなかった。
きれいになりたい気持ちの裏にあったのは、誰かに褒められたい願いだけではない。
もう一度、自分のことを信用したかったのだ。
決めたことを少し守れた。
食べすぎても、次の食事で戻せた。
鏡を見て落ち込んでも、そのまま一日を捨てずに済んだ。
そんな小さな積み重ねが、自信の材料になる。
体重計の数字は分かりやすい。
でも、自信は数字だけではできていない。
自分を雑に扱わなかった朝。
無理な我慢をやめた夜。
食べたあとに「もう終わり」と投げ出さなかった日。
そういう時間も、少しずつ私の輪郭を整えてくれた。
あの夜、冷蔵庫の前で隠したプリンは、結局食べた。
賞味期限が今日までだったから。
半分だけにしようと思ったのに、きれいに全部食べた。
そこは特に美談にはならない。
ただ、以前と違ったのは、食べたあとに自分を責め続けなかったこと。
プリン一個で、私の価値も、これまでの努力も消えない。
スマートフォンに残っていた「早く痩せる食事方法」の検索画面を閉じ、私は明日の朝に飲む酵素ドリンクを冷蔵庫の手前に置いた。
忘れないように、プリンがあった場所へ。
鏡の中の私は、まだ理想の途中にいる。
でも昨日より少しだけ、自分の味方に見えた。
あなたが今、きれいになった先で取り戻したいものは、何でしょうか。




