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「何が好き?」に答えられない夜、味噌ラーメンが教えてくれた自分らしい選び方

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目次

ラーメンだけは味噌と即答できる私が、自分の好きなものを説明

ラーメンと共に考える幸せ

「ラーメンは何味が好き?」

そう聞かれたら、私はほとんど迷いません。

味噌ラーメンです。

醤油でも塩でも豚骨でもなく、味噌です。できれば少し太めの縮れ麺で、表面に薄く油が浮いていて、炒めたもやしとコーンがのっているものが好きです。そこに黒こしょうを少し振って、途中から七味を足します。

この質問だけは、誰かの顔色を見なくても答えられます。

けれど先日、婚活で知り合った男性に「ほかには何が好きなんですか」と聞かれたとき、私は急に言葉に詰まりました。

好きな映画。

好きな服。

好きな休日の過ごし方。

どんな男性がタイプなのか。

どんな人生を送りたいのか。

簡単な質問のはずなのに、どれも正解を探してしまったのです。

映画なら、少し知的に見える作品を答えたほうがいいでしょうか。

服なら、派手すぎず地味すぎないブランドを挙げたほうがいいでしょうか。

休日なら、寝ているよりカフェ巡りやヨガと言ったほうが感じがいいでしょうか。

結婚相手なら、「優しい人」だけでは幼いと思われそうですし、「経済的に安定している人」と言えば打算的に聞こえる気がします。

私は自分の好きなものを聞かれているのに、相手から好かれそうな答えを必死で組み立てていました。

そんな自分が、少し怖くなりました。

気づけば私は、何かを選ぶたびに、自分の気持ちよりも「この選択はどう見えるか」を先に考えるようになっていたのです。

服を買うときも、似合うかどうかより若作りに見えないかを気にします。

スキンケアを選ぶときも、肌が喜ぶかどうかより口コミの点数を確認します。

婚活相手を見ても、一緒にいて心がほどけるかより、友人に紹介したときにどう思われるかを考えてしまいます。

そんな私が唯一、誰のおすすめも聞かずに決められるもの。

それが味噌ラーメンでした。

2026年7月13日。窓の外では、梅雨が明けきらない湿った空気の中から、今年初めての蝉の声が聞こえてきました。その年に初めて聞く蝉を「初蝉」と呼ぶそうです。夏の入口は、いつも少し曖昧です。昨日まで静かだった木が、突然大きな声で鳴き始めます。

人の「好き」も、あれくらい堂々と外へ出せたらいいのにと思いました。


おすすめを調べすぎて、食べたいものさえ分からなくなりました

ラーメン屋さんへ行く前、私はつい口コミを調べます。

人気メニュー、待ち時間、女性ひとりでも入りやすいか、スープの濃さ、麺の量、店員さんの雰囲気。調べれば調べるほど失敗する可能性が減る気がするからです。

けれど、本当に減っているのは失敗ではなく、自分で決める機会なのかもしれません。

2026年に公表された買い物に関する調査では、選択肢の多さなどによる「選択疲れ」を経験した人は46.5%で、女性は全年代で半数を超えていました。また、買い物で「失敗したくない」と考える人も8割を超えています。私だけが優柔不断なのではなく、選ぶことそのものに疲れている人は少なくないようです。

思えば、朝起きた瞬間から私たちは選んでいます。

何を着るか。

朝ごはんを食べるか。

既読をつけたメッセージに、いつ返信するか。

仕事で頼まれたことを引き受けるか。

帰りにスーパーへ寄るか。

マッチングアプリで「いいね」を返すか。

自分を大切にするか、それとも今日くらいは我慢するか。

小さな選択は、ひとつひとつを見ると大したことがありません。けれど、それが一日中積み重なると、夜には自分の気持ちを確認する力さえ残っていません。

実際、2026年の全国調査では、30代女性の55.7%が「疲れている人」の高頻度層に該当したと報告されています。仕事も家事も人間関係も美容も将来も、全部ほどほどに整えているつもりなのに、なぜかずっと疲れている。そんな感覚には、見えない選択の多さも関係しているのかもしれません。

私も仕事帰りには、もう正しいものを選ぶ元気がありません。

冷蔵庫の前で五分間立ち尽くし、結局何も作らず、スマホを開いてデリバリーの画面を眺めます。何十軒もの店が表示されるのに、食べたいものが見つかりません。

正確には、食べたいものがないのではありません。

失敗したくないのです。

せっかくお金を使うならおいしいものがいい。

太りにくいものがいい。

明日のむくみに響かないものがいい。

注文したことを後悔しないものがいい。

そうやって条件を増やした結果、最後には空腹より面倒くささが勝ちます。

その点、味噌ラーメンには会議がありません。

誰かが「塩のほうが素材の味が分かるよ」と言っても、「この店は醤油が看板らしいよ」と言っても、私は味噌を選びます。

味噌ラーメンを選ぶときの私は、珍しく他人の正解に興味がありません。

ラーメンの味くらいで大げさだと思われるかもしれません。

でも、いつも自分の選択を疑っている人間にとって、迷わず言える「これが好き」は、小さな避難所なのです。


味噌ラーメンが好きなのに、少し恥ずかしいと思っていました

私は以前、味噌ラーメンが好きだと言うことを、ほんの少しだけ恥ずかしいと思っていました。

味噌は味が強い。

繊細さがない。

定番すぎる。

コーンやバターをのせると子どもっぽい。

そんなことを誰かに言われたわけではありません。

それでも私は勝手に、塩ラーメンを選ぶ女性のほうが、すっきりしていてセンスがよさそうだと思っていました。

透き通ったスープを静かに味わう女性。

白いシャツが似合って、部屋には余計なものがなくて、感情の整理も上手そうです。

それに比べて、味噌ラーメンを汗をかきながら食べる私は、どこか生活感がありすぎる気がしました。

口元にスープをつけ、途中で髪を耳にかけ、熱いと言いながら水を飲む。食べ終わったあとには、うっすら口紅も落ちています。

とてもではありませんが、恋が始まりそうな食べ方ではありません。

けれど、私はその味が好きなのです。

味噌の濃さに負けない太い麺も、しんなりしたもやしも、最後に丼の底へ沈むコーンも好きです。

札幌系の味噌ラーメンは、味噌やニンニク、ラードを使った熱々で力強いスープが特徴の一つとされています。

上品かどうかではありません。

映えるかどうかでもありません。

私の中に、ちゃんと届く味なのです。

それなのに私は、ラーメンの好みにまで「感じのいい女性らしさ」を持ち込もうとしていました。

少しでも賢く見えたい。

少しでも丁寧に暮らしているように見られたい。

少しでも男性から、妻にしたい女性だと思われたい。

年収300万円で、作家を目指しながらブログを書いている私の生活は、写真に写らない部分のほうがずっと多いです。

洗濯物を畳まずに椅子へ置いたまま眠る夜もあります。

化粧を落とす前に床へ座り込み、そのまま十分くらい動けなくなる日もあります。

婚活相手から返信が来ないだけで、「私は一生ひとりなのかもしれない」と話を百年先まで広げてしまう夜もあります。

それでもSNSでは、少し整った部分だけを切り取ります。

カフェのラテ。

買ったばかりのリップ。

窓辺に置いた花。

ちゃんと生きているように見える私。

本当は、味噌ラーメンのスープみたいに、感情が濁っている日も多いです。

ただ、濁っていることは、汚れていることではありません。

味噌ラーメンのスープが透明でないからといって、価値が低いわけではないように、人の心も、何もかも澄んでいる必要はないはずです。

仕事への不満もあります。

結婚への焦りもあります。

老いていく親への心配もあります。

若い女性を見ると、理由もなく置いていかれた気持ちになる日もあります。

自分の夢を信じたい気持ちと、そろそろ現実を見なければという気持ちも混ざっています。

それが今の私です。

きれいに分離できない感情を、無理に澄ませて見せなくてもいいのだと思います。


「私はこれが好き」と言えないのは、好みがないからではありません

婚活をしていると、ときどき「理想が高いんじゃないですか」と言われます。

でも私は、理想が高いというより、自分の理想がよく分からないのです。

会う前は、話題が豊富な人がいいと思います。

実際に会うと、よく話す人に疲れてしまいます。

穏やかな人がいいと思っていたのに、刺激がないと不安になります。

頼りがいのある人を求めながら、強く意見を言われると心を閉じます。

自分でも面倒くさいと思います。

けれど、味噌ラーメンを選ぶときだけは、矛盾しません。

誰かに好かれるための味ではなく、私が食べたい味を選びます。

ここで初めて気づきました。

私は「好きなものが分からない人」なのではありません。

自分の好きなものを、そのまま口にしても大丈夫だと信じられない人だったのです。

「それ、似合わないよ」

「もっとこっちのほうがいいよ」

「普通はこうするよ」

「将来を考えたら、そっちでしょう」

これまでの人生で何度も聞いた言葉が、自分の中に住み着いています。

今では誰にも否定されていないのに、選ぶ前から自分で自分を否定します。

本当はピンクの服が着たいのに、長く使える黒を買います。

本当は疲れているのに、予定を断ると嫌われそうで出かけます。

本当は会いたくない男性にも、「もう一度会えば良さが分かるかもしれない」と自分を説得します。

本当は文章を書きたいのに、「それで生活できるの」と聞かれるのが怖くて、夢を小さく説明します。

失敗を避けているつもりで、私はずっと、自分の気持ちを選ばないという失敗を続けていました。

味噌ラーメンが教えてくれたのは、迷わず選べるものを増やす方法ではありません。

迷う自分を責めなくていいということでした。

人生の全部に、即答できなくてもいいのです。

結婚したいかどうか。

今の仕事を続けるかどうか。

子どもが欲しいかどうか。

どこに住みたいか。

十年後に何をしていたいか。

大きな質問ほど、簡単には答えられません。

ただ、小さな「好き」を自分で認めていけば、その先にある答えへ、少しずつ近づける気がします。

味噌ラーメンが好き。

夏でも熱いものが食べたい。

コーンは最後まで取っておきたい。

おしゃれな店より、少し古びたカウンターのある店が落ち着く。

気を遣わず、黙って食べられる人と一緒にいたい。

こうして並べてみると、私はちゃんと自分のことを知っていました。

ただ、その声を「大したことではない」と扱っていただけなのです。


味噌ラーメンを好きになった日の記憶は、私が作ったものではありませんでした

先週、実家へ帰ったときのことです。

母と近所のラーメン屋さんへ行きました。

メニューを開く前に、私はいつものように味噌ラーメンを注文しました。

母が笑って言いました。

「昔から、本当に味噌しか頼まないね」

私は少し得意になって答えました。

「これだけは子どもの頃から、自分で決めていたからね」

すると母は、箸袋を折りながら、不思議そうな顔をしました。

「違うよ。最初に決めたのは、お父さんだよ」

一瞬、意味が分かりませんでした。

母によると、私が小学生だった頃、家族でラーメン屋さんへ行くと、父は私にメニューを見せる前に、いつも味噌ラーメンを注文していたそうです。

「この子は味噌が好きだから」

父がそう言うので、私は味噌ラーメンが好きな子になりました。

それを何度も繰り返すうちに、自分でもそう信じるようになったのです。

私は言葉を失いました。

ここまで、自分で選べる唯一のものだと思っていた味噌ラーメンさえ、最初は誰かに決められたものでした。

急に足元が崩れるような気がしました。

私の好きなものは、どこまでが本当に私のものなのでしょう。

優しい男性が好きなのも、母が「結婚するなら優しい人」と言ったからでしょうか。

安定した仕事に惹かれるのも、世間から安心だと言われているからでしょうか。

作家になりたいのも、本当に自分の夢なのでしょうか。

考え始めると、自分の輪郭が消えていきそうでした。

そのとき、味噌ラーメンが運ばれてきました。

湯気の向こうで母が、「別の味に替えてもらう?」と聞きました。

私はレンゲでスープをすくい、ひと口飲みました。

少し甘くて、あとからニンニクの香りがきました。

熱くて、濃くて、夏に食べるには完全に不向きでした。

それでも、おいしかったのです。

私は思わず笑いました。

始まりが誰かに決められたものでも、今の私が好きなら、それはもう私の好みです。

親から渡された価値観。

学校で覚えた常識。

過去の恋人に言われた言葉。

SNSで何度も見た理想の暮らし。

私たちの中にあるものは、すべて完全なオリジナルではありません。

誰かから受け取ったものを、試して、嫌いになって、捨てて、ときには好きになり直しながら、自分の人生へなじませていくのだと思います。

大切なのは、最初に誰が選んだかではありません。

今もそれを選びたいかどうかです。

私は改めて、味噌ラーメンが好きです。

父に決められたからではありません。

長年そう思い込んできたからでもありません。

今日、もう一度食べて、私が好きだと決めました。

そして、味噌ラーメンを食べ終えたあと、婚活アプリを開き、次に会う約束をしていた男性へメッセージを送りました。

「ごめんなさい。もう一度会っても、気持ちは変わらないと思います」

送信したあと、怖くなりました。

いい人なのに。

断るほど悪いところはないのに。

年齢を考えたら、選り好みしている場合ではないのに。

いつもの声が頭の中で騒ぎ始めました。

けれど、その声の奥に、小さいけれど別の声がありました。

私は、会いたくない。

たったそれだけでした。

その気持ちを選ぶのに、立派な理由は必要ありませんでした。

窓の外では、朝に一匹だけだった蝉が、いつの間にか何匹も鳴いていました。

静かな季節が終わり、夏が大きな声を出し始めていました。

私もいつか、誰かからどう見えるかではなく、自分がどう感じるかを、もう少し大きな声で言えるようになりたいです。

人生の答えは、まだ分かりません。

結婚できるのかも、作家になれるのかも分かりません。

それでも今日、私はひとつだけ、自分で選び直しました。

ラーメンといえば、味噌ラーメンです。

誰かに決められた味を、自分の舌でもう一度確かめて、今度こそ私が選んだ味噌ラーメンです。

【参考サイト】

・エクスクリエ「買い物における選択疲れと買い物スタイルの実態調査(2026年)」
・日本リカバリー協会「日本の疲労状況2026」
・ご当地ラーメン探訪「札幌味噌ラーメン」
・暦生活「初蝉」

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